@Plesio_

@Plesio_ が思ったことを書く

腐れ縁と思っていたやつが、僕にとっての最初で最後の戦友だったことに死んでから気づかされた。

これは2019年9月にあふれた感情を、今こうして思い出すために書き起こした下書きである。


僕と君。俺とお前の、この腐れ縁のように適度な距離感の15年間は。

これからも、しょうもない感情と愚痴をぶつけ合って。
どっちかが大往生してくたばるまで、そういう持ちつ持たれつの関係でいくんだろうと。

僕はそう勝手に思い込んでいたのかもしれない。
そんな僕の望みは、音信不通の果てに切り離された。

思えば、何度もアラートがあって、その感情を僕に剥き出しにしてきたことが
幾度となくあったことを、僕は気づかないふりをして接してしまった。

あえて、気づかないふりをして、
僕がなんとか君以外の人間に救われたように
君も僕以外の人間に救われて、一命を取り留めるんだと

僕は、僕と他人を同じ尺度で図ってしまう他人を1番に嫌っていた人間だったのに、
感覚がぶっ壊れるほど、社会に揉まれ、会社の在り方、人とのかかわり方の考え方の
大人はくそだ、ずるい、感情以外の尺度で平然としていられることへの嫌悪感、
その悪意の匂いに慣れてしまったことを、とても悔やんでいる。

君がいなくなることが悲しいのではない。
ひとはいつか死ぬ。そのタイミングが早かっただけなんだから、ちょっと泣いたくらい。
君が自分で選んだ結末/選ばざるを得なかった結末/偶然の結末、どれが最期の感情だったとしても、僕は何もいう必要も権利もない。
家族の方の気持ちを考えると、ちょいと心が痛いけど。

ただ、君がいなくなるきっかけが、いつか、どこかの一瞬が、
僕からの影響がなかったとは言い切れない。

しかしだ。
この世界線では、僕はしばらくの間、弔い合戦のために音を鳴らすことを、少なくとも僕は強制されてしまう。
これは感情の問題であって、ここに誰の反論の余地はない。
僕は僕なりのけじめを以て、しばらくはギターを構えていくのだ。

タモリのような立派な見送り人であれたなら。
死者をお祭りで見送る国であったとしても。
この感情の向かう先は、僕を破滅に導いてしまうのではないか。

君から結果的に引き継いでしまったギターは、どれもネックシェイプが僕のプレイに合わないから、ネックは替えさえせてもらうよ。
元のネックは大事にしまっておくよ。


ーー

ところで、君を誘っていこうとしていたライブのグッズは、1年忌のお供え物として君の実家に送らせてもらおうかと。
僕はそう思っているよ。